Kill Me Softly

小鳥が死んでしまった翌朝
パソコンを立ち上げていつもの仕事をはじめる
背後に
小鳥の気配がまだあるような気がしている

小鳥はわたしのあくなき欲望や
埒のあかない感情
そういう仕方のないもののそばで
プチプチと音をたてて食事をしたり
静かに水を飲んだりしていた
それから
小鳥の欲望だとか、感情だとかを
あらわにしたり
ふくふくと眠ったりしていた

わたしはよく小鳥に謝った
帰りが遅くなったこと
大きな音をたてて物を落としたこと
ちょっと寒かったことや
やけに暑かったことなど

今とてもかなしんで
そのかなしさは
ことばの領域をこえている
その判決は覚悟していたけれど
いざとなるととても重い

仕事を終えて
善福寺公園へ歩いて行った
いつのまにか新緑がきれいだ
鳥の鳴き声が高く響く
かぼそく澄んだ呼び声
目をこらすと
逆光の中にカワセミのシルエットがあった
めったに姿を見せはしないが
そのかなしみに免じて現れてやった
そんな思考はしょせん人間のものだ
カワセミは
ただ美しい偶然として葉陰にいる

(稀有な小鳥でした)
思いつくことばをダブらせる
わたしはいつも人間のことばの中で
考えることしかできない

小鳥はかつて
わたしのあくなき欲望や
ただただ言葉で形成された思考
埒のあかない感情
そういう混沌としたもののそばで
プチプチと音をたてて食事をしたり
静かに水を飲んだりしていた
ふんわりと存在していた

2020-5-15





夏の雨


週末になると雨が降るので、
夏らしい夏の記憶といっても
なんかあったかしらねぇと
押入れを覗きこんで
仕舞い込んであるものを探しているようだ

亡くなって1年を越えたあたりで
ふいに寂しいと感じることが増えた
ここは本人よりも荷物の方が長く住んだ
古いマンションの空き室になろうとしている部屋だ
おろかしいことだと思う
この1年はあまりに忙しくて
走り回るヨージをおっかけまわしているように忙しくて
さびしいどころじゃなかったのよ
とカレンダーに向かって言う
冷蔵庫のマグネットに言う
キッチンの引き出しをあけて
スプーンやフォークに言う

おろかしいことだ
寂しいという
錆のような埃のようなカビのようなものを
みすみすはびこらせていいわけがない

だから
夏の雨が好きかどうか考えてみる
夏の雨は好きか嫌いかじゃなくて
考えなくてはいけないことだと考えてみる
このままでは湿気て傷んでいくだけだ
そして勇気がいる
寂しさと対峙するために
だから
およばずながらも勇気のようなものを
律儀に用意してはやってくる
そして自分を自画自賛したり
ケチくさいと思ったりする

2019-8-13





あばんだんど

もう長いこと住人が不在になったままの家の
うすぐらい台所にはいると
冷蔵庫のボードには
母の字でわたしの名前と
待ち合わせの時間がかかれていた
何年も前に
きっと駅かどこかで待ち合わせたらしい
その当日の空気もそのまま

ニンゲンがすまなくなった家はそれでも
あんがい楽しそうで、
にこやかに生きてきたという様子で
庭や屋根裏にくる
野良猫だとかネズミだとか虫たちと
仲良く暮らしてきたんだぞという様子で
おかえりというような雰囲気をたたえていた
日灼けしたカーテンを透かして
埃っぽい光がさしていた

それから1年もたたないうちに
家は取り壊された
だから、もうわたしには実家はない
玄関をあけてすぐに
ああ帰ってきたなと思う
そういう家はもうない
だからどうということではない
そういうひとはいくらでもいる

それでも
台所でなんとなく歌う鼻歌のようにではあるけれど
恨みつらみがあると感じる
茶毒蛾の幼虫のように、ネズミたちのように
迷惑といわれる生き物には
そのような恨みもつらみもないはずなのに
その恨みつらみを押し付けられたのだろうと理解する

それから灰色の影のようになった
思い出せない自分が
ボードの待ち合わせ場所へ
ほんとうに向かったのかどうか
考えたりする


2018-7-2





バラ色の

透明なビニールにみずみずしい雨粒
鮮やかな蛍光オレンジのライン
模様として白く浮かんでいるアルファベット

色褪せ、ぼろぼろになり
今や見る影もない
そうなるときは必ず訪れるとしても
今はとても新鮮に見える雨の中で
傘をさして
いろんなことを考えていた

中学になって初めて買ってもらった辞書は
つるつるしたバラ色の表紙
でぃくしょなり
発音がひらがなで書かれていた

それにしたって
あんなに大変な思いをして生んだ子だというのに
そんなに何回か辞書を買ってやったりして
育てた子だというのに
いったいこの人は誰だろう
という表情を浮かべたあとで
ああ、妹ですなんていう
(あいむのっとゆあしすたぁ)
適当なんだと思う
目の前にはサマーな感じの海があったり
目の前にはレモンな感じの夢があったり

色褪せ、ぼろぼろになり
もう今や見る影もない
とある廃屋の台所に
ママレモンが置かれていた
とある廃屋の引き出しには
型紙なしで簡単に作れる
コットンのサマードレスが残っていた
女の子らしくも子供らしくもしなくてよいから

しあわせに

模様として浮かんでいる
透明なビニールにみずみずしい雨粒
きれいなオレンジ色のラインを見ながら
(あいむゆあどうたぁ)
わたしは少し笑ってしまった


2018-6-26





ルーティン

月曜も水曜も早送りで
また桜ふぶきの道を駅まで歩いている
おもえば
一年前はもっとかなしんでいた気がする
十年前はもっともっとかなしんでいたかもしれない

今現在
マニュキュアには飽きたし
爪は健康第一
紙ヒコーキみたいに諦めを飛ばせば
スイっと飛んでいくとはいえ
必ず誰かが拾うわけじゃない
とよくわかっている

かすれたように感じられる夢に
しがみつきすぎてはいけないと知っているし
年毎に別人になれたような若さは
もう遠いこともわかっている

早春の朝
顔を洗って
コーヒーを入れて
天気予報を見て
指輪を決める

でもどれだけ早送りしたって
かなしまないわけじゃない
いろんなかなしみに
区別がつかないくらいたくさんのかなしみに
似たり寄ったりのかなしみに
抗っていないわけじゃない
たとえそれが
習慣に過ぎないように見えたって
まったく慣れるということはない

そしてそれが何曜日だろうと
なんとか立ち直ろうとする
きのうより、一年前よりずっと
立ち直ろうとおもっている


2018-3-29







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